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ミスター・スズキ

鈴木修

27 ホットミルク(沖縄県) New! 2010/11/22(月) 18:15:49.15 ID:ifptOmRL0
「真剣に話を聞いてくれたのはミスター・スズキだけだった」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog599.html
昭和57(1982)年、スズキはインドへの進出を決めたのだが、それはまさに「瓢箪から駒」から始まった。パキスタン出張中の社員が、
帰りのエア・インディア機中で現地の新聞を読み、「インド政府が国民車構想のパートナーを募集」という記事を見つけた。その報告を
聞いた鈴木は、「すぐにインド政府に申し込んでこい」と指示した。ところがすでに募集は締め切りになっていて、スズキの申し込みは
断られてしまった。鈴木は「いいか。セールスは断られたときからだ勝負だ。あきらめずに掛け合ってこい」と再び、社員を現地に派遣
した。その申し出も断られたが、3度目の掛け合いで、ようやく補欠で認められた。

しばらくして、突然、インド政府の調査団がやってくる、という連絡が入った。運悪く、鈴木は前年に提携したばかりのGMとの話し合い
で、アメリカに出張する直前だった。なんとか羽田に向かう際の時間をやりくりして、一行の泊まっている帝国ホテルに表敬訪問をした。
30分程度のつもりだったが、先方が「作りかけの建物(工場)もすでにある」というので、細かなレイアウトを描きながら、3時間くらい話
し込んだ。先方も熱心に耳を傾けていた。別れ際、いつまで日本にいるのか、と聞くと、「15日にはインドに帰る」という鈴木が米国出張
から戻るのは16日だった。心残りだったが、「ぜひスズキの工場も見ていって下さい」と別れた。

米国から帰ると、インドの調査団が帰国を伸ばして、鈴木を待っていた。彼らは、当然、他の日本メーカーとも話し合っていたが、「われわ
れと直接向かい合って、真剣に話を聞いてくれた社長は、ミスター・スズキだけだった。だから、もう一度、浜松に来たのです」と言った。

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/ || ̄ ̄|| ∧_∧   アベニス イナズマ TL1000 GSX1200SS GSX1400 ・・・
|.....||__|| (     )  車は堅調なのにバイクはどうして・・・どうして・・・
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    | ( ./     /

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